6 戦国時代

豊臣家

片桐且元・豊臣家に尽くし最後は敵になった悲運の武将

豊臣家に仕える、片桐且元。賤ヶ岳の七本槍のひとりにも数えられますが。秀頼時代の重臣としての且元の方が知られているかもしれません。豊臣家のために尽くしながら、最後は豊臣家を追われる立場となった且元。豊臣家を裏切ったずる賢い奴という評判と、豊臣...
豊臣家

皎月院・石田三成の妻

豊臣秀吉に尽くした石田三成。その石田三成の妻についてはあまり知られていません。石田三成の正室は皎月院(こうげついん)といいます。皎月院とはどのような人だったのでしょうか。皎月院(こうげついん)とは皎月院の名前は うた だったとも言われます。...
豊臣家

茶々(淀殿)・豊臣家の滅亡に立ち会った子供想いの強い母

戦国史上、一番有名な女性といってもいいくらい知名度の高い淀君。父を母の実家に殺されたり、義父と母を自害に追い込んだ者の妻になったり、生涯三度の落城を経験した末、自害しました。悲劇的な人生を歩んでるんですね。でもなぜか、悲劇の女性という印象が...
真田家

真田信綱・昌幸の兄は勇敢な武将だった

真田家当主、真田昌幸には兄がいました。でも、本当は兄の信綱が真田家の当主でした。戦で討死したため、弟の昌幸が継いだのですね。真田信綱は武田二十四将の一人。勇敢な武将で、信玄からも期待されていたといわれます。信綱の娘は清音院。大河ドラマ「真田...
真田家

真田信之(3)上田藩時代

関ヶ原の戦いで徳川家康に味方した真田信幸。西軍についた父・昌幸と弟・信繁は九度山で幽閉されました。信幸は真田家の領地9万石を引き継ぎ。上田藩9万石の大名となったのでした。名前も父から授かった信幸の名を信之に変えました。しかし、戦が終わっても...
戦国の女性

竹林院(お春)・真田信繁の正室とは

真田信繁の正室は竹林院。少なくとも4人いた信繁の妻の中で最も身分が高く、嫡男を生んだことから。信繁の正室だとされています。過去の真田幸村の登場する物語でも竹林院が幸村の妻となっています。信繁の息子・真田大助の母ですね。生前の名前は伝わってま...
徳川家

平岩親吉とはどんな人?

徳川家康の家臣・平岩親吉(ひらいわ ちかよし)は、徳川十六神将の一人です。家康と同じ歳で共に育ちました。親吉は私利私欲がなく家康の信頼が高かったといわれます。そのため家康は自分の二人の息子の後見役を任したのでしょう。平岩親吉とはどんな武将だ...
徳川家

大久保忠世とはどんな人

大久保忠世(おおくぼ ただよ)は古くから徳川家康に使える家臣。徳川十六神将のひとりにあげられます。上田城での戦いでは、大敗してしまいましたが。それまでの戦いでは数々の功績をあげてきた武将でした。大久保忠世はどんな人だったのでしょうか。大久保...
徳川家

鳥居元忠・大軍相手に伏見城に散る

鳥居元忠は家康が若いころから従った家臣です。家康とは歳も近く3歳しかはなれていません。人質時代を共にすごしたためか絶大な信頼を得ていました。家康の重要な作戦や、重要な領地の守りのために配置されることが多かった武将です。関ヶ原の戦いの直前に行...
戦国の女性

真田信繁の妻は何人?

真田信繁にはわかっているだけで4人の妻がいました。信繁の直系は絶えたので、どのような女性だったのか詳しい資料は残っていませんが。断片的に残る資料から、信繁の妻達をまとめてみました。信繁の妻たち()内はNHK大河ドラマ「真田丸」劇中の名前堀田...
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