三好家 松永久秀は梟雄ではない。三好長慶を支えた有能な武将だった 松永久秀は戦国時代の武将です。「乱世の梟雄」などと言われ下剋上の典型的人物と言われてきました。確かに低い身分から能力を生かして大出世した人物には違いありません。しかし謀反ばかりおこす人物というイメージは軍記物などで面白おかしく作られたもので... 2020.01.25 三好家
その他 土岐頼純 は織田信長より先に帰蝶(濃姫)と結婚していた? 土岐頼純は美濃国(岐阜県)で守護の座を巡って土岐頼芸と争った人物。斎藤道三とも争いました。道三と争っている最中に若くして死亡します。そのためあまり注目されることのなかった人物です。ところが「濃姫(帰蝶)と結婚していた」という説が出てきました... 2020.01.23 その他
その他 斎藤義龍(一色義龍)は父・道三を討ち美濃を信長から守った男 斎藤義龍(斎藤高政、一色義龍)は斎藤道三の長男。道三を殺した人物として知られます。道三が出世物語の主人公として人気がある一方で、義龍は父親を殺した人物としてあまり評判はよいとはいえませんでした。しかし争いで荒れ果てた美濃国を立て直し。織田信... 2020.01.21 その他
織田家 明智光秀の妹 御妻木殿は信長の側室だった? 明智光秀には御ツマキ殿あるいは御妻木殿とよばれる妹(義妹)がいました。そして御ツマキ殿は織田信長と関係のある女性でした。側室だったともいわれます。謎の女性御ツマキ殿について紹介します。御ツマキ殿とは通称:御妻木殿(おつまきどの)生年:不明没... 2020.01.21 織田家
その他 斎藤道三・僧侶から大名へ!親子二代で達成した成り上がり人生 斎藤道三は僧侶から、油売り、そして大名に成り上がった人物。戦国時代を代表する下剋上の典型的な人物といわれます。ところがこの話は江戸時代の小説「美濃国諸旧記」などで作られたイメージでした。現代でも坂口安吾・海音寺潮五郎・司馬遼太郎らの作家が小... 2020.01.21 その他
その他 波多野秀治 :丹波勢の意地をみせ明智光秀を苦しめる 波多野秀治は丹波の大名。全盛期には丹波最大の大名といわれた波多野氏でした。しかし秀治は明智光秀との戦いに敗れ、波多野氏の最後の当主となりました。滅び方が悲惨だっただけに「氷上郡史」「総見記」「籾井家日記」など様々な物語にも登場します。ですが... 2019.12.12 その他
織田家 土田御前:母が信長より信勝を可愛がった理由 土田御前は織田信長の生母です。評判のよくない信長より、礼儀正しい信勝(信行)を可愛がり、織田家の当主にしようと望んだといいます。土田御前とはどんな人だったのでしょうか。土田御前とは名 前:不明通称:土田御前(どたごぜん、つちだごぜん)、花屋... 2019.11.21 織田家
織田家 帰蝶(濃姫):兄嫁に「自害なすべし」信長の正室はきつい女だった 濃姫は織田信長の正室です。帰蝶ともいいます。斎藤道三の娘で、信長と結婚したので有名な人物です。ところが意外と史料が少なく詳しいことはよくわかっていません。でも、様々な文献に見られる「信長本妻」は気の強い人だったことがわかります。さらに本能寺... 2019.11.18 織田家
明智家 明智光秀の生涯を年表でわかりやすく解説 明智光秀 の人生を年表にしました。生年などは通説(没年55歳)に従っています。明智光秀のプロフィール名 前:明智光秀(あけち みつひで)幼 名:彦太郎通 称:十兵衛別 名:惟任日向守生 年:不明没 年:天正10年6月13日(1582年7月2... 2019.11.17 明智家
明智家 明智光秀の出身地と生年 明智光綱は有名な戦国武将ですが、その前半生は謎に包まれています。出身地や生年について様々な説があるのです。この記事では明智光秀の出身一族、出身地、生年について様々な説を紹介します。光秀は土岐氏支流 明智氏の生まれ通説では明智光秀は土岐氏から... 2019.11.16 明智家