真田家

戦国の女性

小松姫(稲姫)・真田家を守った才女の鬼嫁伝説

真田信幸と結婚した小松姫。関ヶ原の戦いが真田家を二つに分けてしまいます。小松姫と結婚した信幸は家康に味方することになりました。父・昌幸は敵対することになりました。猛将・本多忠勝を父に持つ小松姫は。その性格はかなり強気だったとか。だけど気転の...
真田家

真田信綱・昌幸の兄は勇敢な武将だった

真田家当主、真田昌幸には兄がいました。でも、本当は兄の信綱が真田家の当主でした。戦で討死したため、弟の昌幸が継いだのですね。真田信綱は武田二十四将の一人。勇敢な武将で、信玄からも期待されていたといわれます。信綱の娘は清音院。大河ドラマ「真田...
真田家

真田信之(3)上田藩時代

関ヶ原の戦いで徳川家康に味方した真田信幸。西軍についた父・昌幸と弟・信繁は九度山で幽閉されました。信幸は真田家の領地9万石を引き継ぎ。上田藩9万石の大名となったのでした。名前も父から授かった信幸の名を信之に変えました。しかし、戦が終わっても...
戦国の女性

竹林院(お春)・真田信繁の正室とは

真田信繁の正室は竹林院。少なくとも4人いた信繁の妻の中で最も身分が高く、嫡男を生んだことから。信繁の正室だとされています。過去の真田幸村の登場する物語でも竹林院が幸村の妻となっています。信繁の息子・真田大助の母ですね。生前の名前は伝わってま...
戦国の女性

真田信繁の妻は何人?

真田信繁にはわかっているだけで4人の妻がいました。信繁の直系は絶えたので、どのような女性だったのか詳しい資料は残っていませんが。断片的に残る資料から、信繁の妻達をまとめてみました。信繁の妻たち()内はNHK大河ドラマ「真田丸」劇中の名前堀田...
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真田信之(2)・関ヶ原から上田藩城主へ

慶長3年8月18日(1598年)豊臣秀吉の死去で始まるその後の混乱が真田家の運命を変えることになります。真田信幸(信之)は、父・昌幸や弟・信繁との決別を迫られてしまいます。それまで父に従っていた信幸は、自らが考え家臣たちを率いる立場になるの...
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真田昌幸・徳川との対立と秀吉の死まで

武田家の滅亡後、織田家に従った真田昌幸。しかし、わずか4ヵ月後に本能寺の変が起きて織田家も当てにならない。そこで、紆余曲折の末徳川家に従いました。徳川家に従ったものの、北条と和睦した徳川家康は沼田を北条に渡すように求めて来ました。真田家とし...
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真田信繁の子供達

真田信繁にはたくさんの子供がいました。その多くは九度山で生活中に生まれています。信繁の子供についてはさまざまな説があり。資料によって違ってたりもします。今の時点で分かる範囲でまとめてみました。真田信繁の子供達長女・お菊(すへ)母:堀田興重の...
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信繁が姉・村松殿にあてた手紙

真田信繁の姉、村松殿(松)は弟たちからも慕われる存在だったことはお話しました。兄弟でたびたび手紙のやりとりをおこなっています。参考記事:村松殿(松) 信幸・信繁の姉はどんな人?信繁は豊臣秀頼に招かれて大阪城に入った後も、姉・村松殿や姉の夫・...
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矢沢三十郎頼康とはどんな人

常に真田信繁に仕える矢沢三十郎頼康(やざわ さんじゅうろう よりやす)。関ヶ原までは信繁に仕えることが多く、ドラマ「真田丸」でも登場する回数も多りそうですね。ドラマでは信繁と同年代の武将みたいに見えます。実は歳は離れてます。(というよりドラ...
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