豊臣家 大谷吉継・関ヶ原に散った義の名将 大谷吉継(おおたに よしつぐ)は石田三成と共に徳川家康に立ち向かった武将。最初から家康に敵対していたわけではありません。むしろ家康を天下をとれる武将と評価していました。それでも家康と敵対する道を選んだのは、石田三成との深い関係があったからだ... 2016.04.13 豊臣家
豊臣家 片桐且元・豊臣家に尽くし最後は敵になった悲運の武将 豊臣家に仕える、片桐且元。賤ヶ岳の七本槍のひとりにも数えられますが。秀頼時代の重臣としての且元の方が知られているかもしれません。豊臣家のために尽くしながら、最後は豊臣家を追われる立場となった且元。豊臣家を裏切ったずる賢い奴という評判と、豊臣... 2016.04.09 豊臣家
豊臣家 皎月院・石田三成の妻 豊臣秀吉に尽くした石田三成。その石田三成の妻についてはあまり知られていません。石田三成の正室は皎月院(こうげついん)といいます。皎月院とはどのような人だったのでしょうか。皎月院(こうげついん)とは皎月院の名前は うた だったとも言われます。... 2016.04.08 豊臣家
豊臣家 茶々(淀殿)・豊臣家の滅亡に立ち会った子供想いの強い母 戦国史上、一番有名な女性といってもいいくらい知名度の高い淀君。父を母の実家に殺されたり、義父と母を自害に追い込んだ者の妻になったり、生涯三度の落城を経験した末、自害しました。悲劇的な人生を歩んでるんですね。でもなぜか、悲劇の女性という印象が... 2016.04.08 豊臣家
徳川家 平岩親吉とはどんな人? 徳川家康の家臣・平岩親吉(ひらいわ ちかよし)は、徳川十六神将の一人です。家康と同じ歳で共に育ちました。親吉は私利私欲がなく家康の信頼が高かったといわれます。そのため家康は自分の二人の息子の後見役を任したのでしょう。平岩親吉とはどんな武将だ... 2016.04.01 徳川家
徳川家 大久保忠世とはどんな人 大久保忠世(おおくぼ ただよ)は古くから徳川家康に使える家臣。徳川十六神将のひとりにあげられます。上田城での戦いでは、大敗してしまいましたが。それまでの戦いでは数々の功績をあげてきた武将でした。大久保忠世はどんな人だったのでしょうか。大久保... 2016.04.01 徳川家
徳川家 鳥居元忠・大軍相手に伏見城に散る 鳥居元忠は家康が若いころから従った家臣です。家康とは歳も近く3歳しかはなれていません。人質時代を共にすごしたためか絶大な信頼を得ていました。家康の重要な作戦や、重要な領地の守りのために配置されることが多かった武将です。関ヶ原の戦いの直前に行... 2016.03.31 徳川家
豊臣家 豊臣秀次・秀吉の後継者なのに暴君・無能は濡れ衣? 豊臣秀次は豊臣秀吉から関白の座を譲られながら高野山に追放され切腹させられた武将です。女好きで、残酷で無能な人物との評価がありますが、現在ではその多くは濡れ衣だとされています。たしかに女好きでしたが。それは秀吉も同じ。領内を発展させ、公家との... 2016.03.04 豊臣家
徳川家 石川数正とはどんな人?なぜ徳川家を裏切ったのか 徳川家康の重臣、石川数正。家康が竹千代と名乗っていた幼少時代から付き従っていました。今川家の人質になった時もそばで仕えます。築山殿や嫡男・信康とも深いかかわりがありました。徳川家の重臣でしたが、豊臣秀吉に寝返ってしまいます。家康が幼いころか... 2016.02.21 徳川家
徳川家 阿茶局・家康の最も信頼する女性 徳川家康の側に常にいる、阿茶局(あちゃのつぼね)。家康の側室には似たような呼ばれ方をする「茶阿局(ちゃあのつぼね)、お八、朝覚院」がいますが別人です。知らない人がみたら家康の正室なのかと思うかもしれません。でも側室なんです。この時期、正室の... 2016.02.09 徳川家