奥田亀吉 は朝ドラ 風、薫る で一ノ瀬りんの縁談相手です。
奥田亀吉のモデルと考えられるのは大関和の夫だった渡辺豊綱です。でも史実の渡辺豊綱は、ドラマとは違い上級武士で軍人でした。
ドラマと史実の違いを比較してドラマで大胆に設定変更された理由を解説します。
この記事で分かること
- 奥田亀吉のモデルとされる渡辺豊綱の人物像
- ドラマと史実で異なる結婚の背景と夫婦関係
- 離縁に至る理由の違い(火事と女性問題)
- ドラマが設定を大きく変えた演出上の意図
奥田亀吉のモデルは渡辺豊綱
奥田亀吉のモデルになったのは、大関和の結婚相手 渡辺 福之信 豊綱です。
史実では大関和は明治9年に渡辺豊綱と結婚。翌年に長男六郎、明治13年に長女 心を産んだあと、豊綱とは離婚したとされています。
りんのモデルは大関和ですから。ドラマでりんが結婚することになる奥田亀吉のモデルはこの渡辺豊綱と考えるのが自然ですよね。
ドラマの奥田亀吉とはどんな人物か
運輸業で財をなした男
ドラマ「風、薫る」の奥田亀吉は、りんが住む村の隣町の住人。もとは飛脚でしたが明治になって運送業を始め、一代で財を成した人物です。
なので才能がないわけではないのですが、老舗の店主たちからは冷ややかな目で見られていて成金的な扱いを受けています。亀吉は仕事は頑張るものの、成金扱いされるのが嫌で酒を飲んでい憂さ晴らししていました。
りんより18歳年上。一人目の妻を亡くしており、りんと同じ年の息子もいます。
家柄を手に入れるためりんと結婚
母の奥田貞は亀吉と二人三脚で奥田屋を大きくしてきた自負がありますが、成金扱いされるのが嫌で家柄を手に入れるために一ノ瀬家に縁談を申し入れたのです。
一ノ瀬家も生活は苦しく、財をなした奥田家との縁談に前向きでした。父を失ったりんは結婚を来ました。
縁談が家同士の都合なのはこの時代にはよくあることなのですが。それが家柄がらみの問題にもなっているのです。
娘の環が生まれる
亀吉とりんとの間には娘の環も生まれました。でも亀吉と貞は喜ぶそぶりはなく「女か」と冷たい言葉をなげかけ、環には興味を示しませんでした。
破局
亀吉はりんと結婚して彼女への愛情はあるものの、劣等感からどうしても素直にりんに向き合うことができません。被害妄想的な考えの亀吉は酔っ払った勢いで喧嘩になってしまいます。
その勢いで行燈の火が家に燃え移り家事になってしまいました。亀吉と貞はりんを置いて逃げてしまい。
りんは環を火事から助け出すと、もう奥田家にはいられないと実家に戻ってしまうのでした。
史実の夫 渡辺豊綱はどんな人物だったのか
大関和の結婚相手も武士だった
史実の渡辺 福之信 豊綱は、ドラマの亀吉とはかなり違う人物です。
渡辺家は黒羽藩の上級武士。石高200石の家柄。家老ではありませんが大関と同クラスの家です。豊綱は物頭、砲術教示方を務め、のちに陸軍少尉になりました。
つまり、明治になって商売でのし上がった新興商人ではなく、もともと同じ藩の中で一定の地位を持つ家の人物でした。
しかも家老を辞めて落ちぶれた大関家と違い、渡辺家は明治になっても軍人となって高い地位を保っていました。
なのでドラマのように家柄のために結婚したのではなかったのです。むしろ大関和が「玉の輿」とまで言われました。
歳の差婚
豊綱は和より20歳年上でした。ドラマのように既婚歴ではなく独身です。長い軍隊経験のせいか婚期をのがしたともされます。でも妾は何人もいたので結婚を急いでなかったのかも知れません。
当時は年の差婚は珍しくはありませんが。流石に親子ほど年の違う年齢となると話は別。和もこの歳の差には躊躇したようです。
問題になったのは家柄ではなく夫の妾の存在
でも和と豊綱の結婚生活はうまくいきません。豊綱には妾がいたのです。
結婚前にそれを知った和は、妾を精算してから結婚するように約束しましたが。豊綱はその約束をまもらず妾の千代との関係は続いていました。
しかも豊綱に問い詰めた所、数人の妾がいて、子まで産ませていました。その事実を知った和は怒って実家に帰るとまで言いますが、豊綱は余裕の態度で相手にしません。
その後も和は豊綱に妾を精算するよう言い続けました。当時としては金持ちの男が妾をもつのは当然でした。
当時は法的にも妾の存在は認められており。一夫一婦制が民法で成立するのは明治31年でした。
最初は若い妻のかわいいわがままだと思っていた豊綱も和の頑固さに辟易するようになります。
和も世の中で妾が認められているのは知っていますが。和の父は妾をもたず母一人でした。それが当然だと思っていたので、和には許せなかったのです。
この不満がやがて「一夫一婦制」を主張するキリスト教への憧れにつながります。
息子の六郎と娘の心が生まれる
和と六郎との間には男の子がうまれました。ところが豊綱は初めての息子に「六郎」と名付けました。正式な妻との間に生まれた最初の男の子なのに「六郎」。これが和には不満でした。
豊綱には妾との間に子供がいて和との間に生まれた子が六番目だったのです。これも和が豊綱を嫌いになる原因のひとつでした。
離縁を決意
その後、和と豊綱の間には娘の「心」が生まれます。当時は出産の時に実家に戻って行うのは一般的でした。
このときも実家に戻っていました。でも和は豊綱には愛想がつきており渡辺家に戻る気はありません。
世間体が悪いので離縁をせずにいましたが。もう我慢の限界です。和は心の出産後に体力が回復すると豊綱に離縁を言い渡しました。
明治6年には裁判離縁制度が導入され妻から離縁することが可能になっていました。和はこの制度を使いました。裁判沙汰になるのは普通に離縁するよりもさらに世間体が悪いのですがそれでも和は離縁を決意。
豊綱は離縁は認めたものの、正式な婚姻で生まれた嫡男である六郎だけは自分のもとにのこしたかったようで。そこは問題になりましたが。最終的には離縁は成立。
和は六郎と心をひきとって育てることになります。夫の妾の存在に苦しんだ和にとって、この結婚はその後の人生の方向を変える大きな転機だったことが分かります。
奥田亀吉と史実の夫はどこが違うのか
ドラマの亀吉とモデルの渡辺豊綱のプロフィールを並べてみました。
| ドラマ:奥田亀吉 | 史実:渡辺豊綱 | |
| 出自・身分 | 新興の商人(元飛脚) | 上級武士(陸軍少尉) |
| 年齢差 | りんより18歳年上 | 和より20歳年上 |
| 結婚の動機 | 「家柄」が欲しい成金側の思惑 | 同格以上の家柄同士の縁談 |
| 家族構成 | 前妻との子がいる | 独身(ただし複数の妾と子がいた) |
| 破局の原因 | 劣等感による喧嘩と火事での見捨て | 夫の女性問題(一夫多妻)への反発 |
| 子供への態度 | 娘に無関心(「女か」と冷遇) | 嫡男(六郎)を自分の元に置きたがった |
ドラマと史実の共通点ドラマならではの大胆なアレンジがはっきり見えてきて面白いですね。
亀吉と史実の共通点
圧倒的な歳の差
どちらも約20歳差という「親子ほど離れた結婚」です。りん(和)がその年齢差に戸惑いや躊躇を感じる点も共通しています。
子への夫の態度にまつわる不満
ドラマでは生まれたのが男子ではなく冷たく足現れ、娘への無関心が描かれます。
史実は男子が生まれたものの正妻の子なのに妾の子を含めた順序で『六郎』と名付けられたことに腹を立てました。
生んだ子をめぐって夫に腹を立てるのは似ています。
妻側からの離縁という結末
当時は珍しいことでしたが、最終的に妻の側が分かれを決意。実行に移しています。
ここが違う!「決定的な違い」
「成金」か「エリート軍人」か
ドラマの亀吉は、家柄コンプレックスを抱えた「成金」として描かれます。
一方、史実の豊綱は代々の武士であり明治以降も陸軍少尉という地位に就いていた「勝ち組」です。むしろ大関家の方が没落していたため周囲から「玉の輿」とよばれたほどです。
ドラマでは「家柄vs金」という分かりやすい対立を作るために、あえて商人に設定変更されています。
史実では夫婦が対立した理由は妾の存在
ドラマでは家柄への劣等感がりんと亀吉がうまいかない理由でしたが。ドラマでは違います。妾の存在が対立の原因になりました。しかも当時の常識や法律を考えると豊綱にも言い分があり、和が常識はずれの価値観だったことが分かります。
- 渡辺豊綱(当時の常識人):
上級武士であり明治の軍人。経済力もあり複数の女性を囲って子をなすのは成功した男のステータスでした。和の抗議にも余裕で受け流していたことからも、当時としては常識はずれでも違法ではないという思いがあります。 - 大関和(世間からズレた異端児):
夫が約束を破り外に女がいることを「絶対に許せない」と憤る和は、当時の価値観からすれば空気が読めない存在でした。自分の父が側室を持たなかったという特殊な家庭環境が、彼女に「一夫一婦」という、当時としては早すぎる理想を抱かせてしまったといえます。
子供の数
ドラマではりんが生んだ子は娘・環ひとり。
そのせいで夫と姑からいびられるという展開が続きます。
史実では長男・六郎、次に次女・心を出産しています。
そのため和は男子を埋めなかったからいびられたわけではありませんが。長男なのに「六郎」と名付けられたのが不満でした。
離婚の「理由」
夫婦の対立点が違いますから、離縁の理由も違います。
ドラマでは「火事で見捨てられた」という衝撃的な事件が引き金になって離縁を決意しました。
史実では夫の妾の存在が原因でした。「男が妾を持つのは当たり前」という当時の常識に対し、一夫一婦制を理想とした和がNOを突きつけ続けましたが。夫は改めません。そして子を生むために実家に戻った機会を利用して、裁判離縁制度を利用して離縁をしています。
子供の引き取り
ドラマではりんが娘を救い出して連れ帰りますが、史実では「跡取り息子」である六郎を巡って、豊綱側とかなり揉めた末の離縁だったようです。
奥田亀吉の設定が史実と違いすぎる理由
こうしてみていくと、ドラマの奥田亀吉はモデルになった渡辺豊綱とはかなり違います。なぜこれほど違うキャラクターにしたのでしょうか?
わかりやすい悪役(敵役)が必要だった
史実の豊綱は現代人の目から見ると問題かも知れませんが、当時の基準では地位も名誉もある夫です。
現代的な価値観を持つ和が当時の価値観と対立して最後は裁判で決着を付ける展開は現代のドラマの題材としても成立します。
でも、わかりやすさが求められる朝ドラで描くには重いテーマかも知れません。そこで「風、薫る」では亀吉を家柄コンプレックスを持つ成金にして姑と一緒にヒロインをいびる設定にしました。
そうして視聴者が「こんな家、早く出ていけ!」とりんを応援したくなるような敵を作り出したといえます。
Wヒロインを早く早く合流させるため
「風、薫る」は一ノ瀬りんと大家直美の二人がヒロインです。二人が出会って化学反応を起こすシーンが番組の「売り」といえます。
それならりんを早く上京させて直美と合流させなければいけません。もし史実通りに描こうとすると、次の場面が必要です。
- 妾をめぐる対立と結婚生活の中での価値観のズレ
- 「六郎」命名による絶望と、そこからの心理的な冷え込み
- 娘「心」誕生と里帰
- 親族や周囲を巻き込んだ説得と「裁判離縁」
- 息子の奪還と判決が出るまでの日々
これらを丁寧に描いたら、それだけで1ヶ月(4週分)くらい使ってしまいそうです。
「火事」は最高のショートカット演出
そこで投入されたのが、火事というショッキングなイベントのわけです。
一瞬で「離婚」の正当性が成立
自分と娘の命が見捨てられたという事実一つで、周囲の説得や法的な手続きをすっ飛ばして「もうここにはいられない!」という、誰が見ても納得のいく離婚理由が完成します。
一瞬で「子供連れ」を確定
炎の中から我が子を救い出すシーンを作ることで、母親としての強さを一気に見せつつ、子供を連れて実家へ戻る(そして東京へ向かう)流れを自然に作れます。面倒な裁判や説得は必要ありません。
「Wヒロイン」という看板がある以上、制作側としては史実の重みよりも物語のスピードを優先せざるを得なかった。という大人の事情が透けて見えますね。
まとめ
奥田亀吉のモデルは、大関和の夫 渡辺豊綱です。ですが、ドラマの亀吉は史実の夫をそのまま再現した人物ではありませんでした。
史実の夫は旧藩士層の家の人物で結婚生活では妾の存在が離婚の大きな原因になりました。
でもドラマの亀吉は、運送業で成功した男として作り変えられ、家柄を求める奥田家の思惑まで背負わされています。
奥田亀吉はりんとは一緒にいられない人間というのを、分かりやすく短期時間で納得できるできる存在に作り変えられている。といえますね。
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