ブラッサム:葉野珠の父・葉野清治のモデルとは?宇野千代の父・宇野俊次との違い

朝ドラ「ブラッサム」に登場する葉野清治は、主人公・葉野珠の父です。渡部篤郎さんが演じています。

清治は岩国でも有数の蔵元「葉野酒蔵」の長男ですが、酒蔵を継いだのは弟の葉野清重。本人は定職に就かず、清重から毎月お金を受け取って暮らしています。しかも妻や娘にはかなり厳しい。NHKのドラマガイドでも、気の向くままに好き勝手に生きながら家族にはひどいことを言う、「一貫してダメな父で夫」と紹介されています。

なんとも困った父親ですが、この清治によく似た人物がいます。葉野珠のモデルになった宇野千代の実父・宇野俊次です。

宇野俊次も岩国の造り酒屋の家に生まれましたが、定職には就かず、本家から援助を受けて生活していました。遊びや趣味には熱心なのに、子供には非常に厳しかったところまで清治とよく似ています。

ただし、詳しく比べてみると家族関係はかなり変更されています。清治は宇野俊次そのまんまというわけではありません。

では、「ブラッサム」の葉野清治と史実の宇野俊次はどこが似ていて、どこが違うのか紹介します。

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「ブラッサム」の葉野清治はどんな父?

葉野酒蔵の長男なのに弟が実家を継いでいる

葉野清治は岩国で酒造りを営む葉野家の長男です。ところが葉野酒蔵を継いだのは清治ではなく、三浦誠己さん演じる弟の葉野清重でした。

長男が必ず家を継がなければいけないわけではありませんから、ここまでは家族の事情もあるのでしょう。気になるのはその後です。清治は別の仕事を始めたわけでもなく、酒蔵を継いだ清重から毎月お金を受け取って暮らしています。

長男が家督を弟へ譲ったうえ、その弟から生活費まで受け取っている。かなり変わった兄弟関係ですよね。NHKのドラマガイドで清治が「気の向くままに好き勝手に生きている」と紹介されているのも、この生活ぶりを考えれば納得できます。

妻や娘にはかなり厳しい

清治は自分では働かず弟からお金を受け取っているのに、家族には厳しく接します。とくに娘の珠に対する態度は強く、NHKの人物紹介では妻にも娘にもひどいことを言う父として紹介されています。

もちろん、この時代の父親が現代より家族に強い権限を持っていたことは考えなければいけません。それでも、自分は好きなように暮らしているのに家族には厳しいとなれば、珠が納得できないのも当然でしょう。

第1週の題名も「私の父、私の母」。幼い珠がどんな家庭で育ち、父と母から何を受け取って成長していくのかが、物語の最初から大きな題材になっているようです。

清治はなぜ弟に家督を譲った?

ここで気になるのが、清治はどうして長男なのに葉野酒蔵を弟の清重へ譲ったのかですよね。

弟の清重には脚が不自由という設定があります。清治を演じる渡部篤郎さんは清治が家を継いでしまえば、脚の不自由な弟がその後どうやって暮らしていくのか分からない。そのため清治は弟に実家を譲ったのではないか、と語っています(NHKドラマガイド・ブラッサムpart1)。

もし本当にそうなら、清治は見た目ほどひどい人物ではないのかも知れません。自分が長男だから当然のように家を取るのではなく、弟の将来まで考えて清重に酒蔵を任せたことになります。

ただ、これは清治自身が劇中で語った理由ではなくて渡部篤郎さんが役を考えるうえで想定している背景です。そしてもう一つ引っかかるのが、その後も清治が清重から生活費を受け取っていることです。

弟のために家督を譲った。そこまでは分かります。でも、それならどうして自分の生活まで弟に支えてもらっているのでしょうか?

このあたりは、清治を単純に弟思いの兄ともいえませんし、本当に好き勝手に生きるダメな父なのかもわかりません。今後、ドラマでどのように描かれるのか注目したいですね。

 

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葉野清治のモデルは宇野千代の父・宇野俊次?

葉野清治の参考になったと考えられるのが、宇野千代の実父・宇野俊次です。

主人公・葉野珠は宇野千代がモデルになっていますが、父親にも共通するところが多いです。清治も俊次も造り酒屋の一族に生まれ、家業には就かず、親族から援助を受けて暮らしています。その一方で、子供には厳しく接していました。

ただし、兄弟関係は変更されています。

岩国の裕福な造り酒屋に生まれた

宇野俊次は安政2年(1855年)7月29日に生まれました。父は宇野茂吉、母はシンです。

実家は現在の岩国市周東町付近にあり、代々造り酒屋を営んでいました。宇野千代も、父の実家はその地域で知られた裕福な造り酒屋だったと書いています。

岩国の酒造家に生まれたという点は、葉野酒蔵の長男として生まれた清治とよく似ています。

宇野俊次は次男だった

清治と俊次で大きく違うのが、兄弟の立場です。

宇野俊次は次男で、兄に宇野政介がいました。政介が本家に残り、俊次は分家の養子になっています。

でも「ブラッサム」では葉野清治が長男です。しかし家業を継いだのは弟の清重で、清治は葉野酒蔵を離れています。

史実では兄の政介が本家に残り、弟の俊次が分家へ移りました。ドラマでは弟の清重が酒蔵を継ぎ、兄の清治が家業から離れています。兄と弟の立場を入れ替えたことになります。

しかも清重には脚が不自由という設定があります。

渡部篤郎さんは、清治が家督を譲った理由について、自分が家を継いだら清重がその後どう暮らしていくのか分からないため、弟に実家を譲ったのではないかと考えているようです。

そう考えると、清治を長男に変更した理由も見えてきます。好き勝手に暮らしているように見える清治にも、弟の将来を考えて家督を譲った過去を持たせることができるからです。

宇野俊次も本家から援助を受けて暮らしていた

宇野俊次は分家の養子になった際、まとまった財産を受け取っていました。それでも定職には就かず、競走馬を走らせたり、小鳥や珍しい木、金魚を飼ったりして暮らしていました。米相場や博打にも手を出し、花街にも出入りしていたといいます。

それだけお金を使えば、受け取った財産も減っていきます。その後も俊次一家には、本家から定期的にお金が届けられていました。

この点は葉野清治とよく似ています。清治も仕事には就かず、葉野酒蔵を継いだ清重から毎月お金を受け取って暮らしています。

違うのは、援助する兄弟です。

史実では、本家にいる兄・政介から弟・俊次へお金が渡っていました。「ブラッサム」では、酒蔵を継いだ弟・清重から兄・清治へお金が渡っています。

親族から援助を受けて暮らしているという俊次の経歴を残しながら、兄弟の関係はドラマ用に変更したのでしょう。

遊び好きなのに子供には厳しかった宇野俊次

宇野俊次は定職に就かず、自分の趣味や遊びにはお金を使っていました。ところが子供には非常に厳しい父親でした。

宇野千代の回想には、その様子がいくつも残っています。千代たちは学校から帰っても自由に外へ遊びに行かせてもらえませんでした。雪の日には草履が傷むという理由で履かせてもらえず、千代が裸足で学校へ行ったこともあったといいます。

新聞や雑誌を読むことにも俊次は厳しく、千代が自由に読むことは許されませんでした。ところが俊次自身は米相場の記事を読みたいので、千代に新聞を買いに行かせています。

娘には自由に読ませないのに、自分が読みたい新聞は買わせる。ずいぶん勝手な父親です。

千代は新聞や雑誌を読みたくなると、厠へ行くふりをして隠れて読んでいました。

自分は好きなことをして暮らしながら、子供には厳しい。このあたりも葉野清治とよく似ています。

宇野俊次は14歳の宇野千代を結婚させた

俊次が娘の人生に強い権限を持っていたことが分かるのが、宇野千代の最初の結婚です。

明治44年(1911年)、14歳だった千代は従兄の藤村亮一と結婚しました。まだ女学校に通っていた年齢ですが、父・俊次の意向による結婚でした。

ところが結婚生活は長く続かず、千代は10日ほどで実家へ帰っています。

14歳の娘の結婚相手まで父親が決めるというのは、現在の感覚ではかなり驚きます。それだけ俊次が娘の将来に強く口を出していたことが分かります。

「ブラッサム」の珠にも、今後は進学や仕事、結婚を自分で選ぶ場面が出てくるでしょう。そのとき清治がどこまで口を出すのか。宇野俊次と同じ出来事が描かれるとは限りませんが、父娘の関係を比べるうえでは気になるところです。

父の死後、宇野千代は文章を書き始めた

宇野俊次は大正2年(1913年)に亡くなりました。

それまで新聞や雑誌を自由に読めなかった千代は、父の死後に小説などを読むようになり、自分でも詩や文章を書いて「女子文壇」などへ投稿するようになります。

「ブラッサム」の葉野珠も、やがて自分で文章を書くようになります。清治が珠の読書や創作にどう関わるのか、宇野千代と俊次の実話がどこまで使われるのかは気になるところです。

葉野清治と宇野俊次の違い

葉野清治と宇野俊次には、よく似たところがあります。二人とも岩国の造り酒屋の一族に生まれ、家業には就かず、親族から援助を受けて暮らしています。自分の好きなことをしながら、子供には厳しいところも共通しています。

一番大きく違うのが兄弟関係です。

宇野俊次は次男で、兄の政介が本家に残りました。俊次は分家の養子になり、本家から援助を受けています。

葉野清治は長男ですが、弟の清重へ家督を譲りました。そして、その清重から生活費を受け取っています。

さらにドラマでは清重の脚が不自由です。渡部篤郎さんは、清治が家督を譲ったのは清重の将来を考えたためではないかと受け止めています。

この事情は宇野俊次には確認できません。俊次の経歴をそのまま清治に当てはめたのではなく、兄弟の立場を変え、清重との関係を新しく加えたことになります。

葉野清治はただの「ダメな父」なのか

NHKの人物紹介を見るかぎり、清治はかなり困った父親です。自分は仕事をせず弟からお金を受け取っているのに、妻や娘にはひどいことを言います。珠が反発しても不思議ではありません。

でも、やはり気になるのは家督の話です。

渡部篤郎さんが考えているように、脚の不自由な清重の将来を考えて家を譲ったのであれば、清治にも弟を気遣うところがあったことになります。

それなら、なぜ今はその弟から毎月お金を受け取って暮らしているのでしょうか。妻や娘に厳しく接する理由もまだ分かりません。

清治は昔から今のような人物だったのか。それとも家督を清重へ譲った前後に何かあったのか。このあたりまでドラマで描かれると、清治の見え方も変わってきそうです。

史実の宇野俊次にも、自分は自由に暮らしながら子供には厳しいという矛盾がありました。「ブラッサム」は俊次のそうした部分を取り入れながら、清重との関係を加えて葉野清治という父親を作っているのでしょう。

まとめ 葉野清治と宇野俊次はどこまで似ている?

葉野清治と宇野千代の父・宇野俊次を比べると、酒造家の一族に生まれたこと、家業に就かず親族から援助を受けていたこと、自分は自由に暮らしながら子供には厳しかったことなど、多くの共通点があります。

一方で、兄弟関係は大きく変更されています。俊次は次男で兄が本家に残りましたが、清治は長男で、弟の清重が葉野酒蔵を継いでいます。

さらに「ブラッサム」では、脚の不自由な清重へ清治が家督を譲ったという設定があります。

ここまで変えた以上、清治を宇野俊次そのままの人物として描くつもりではないのでしょう。俊次の経歴を参考にしながら、清重との兄弟関係を加えたのが葉野清治なのだと思います。

だから気になるのは、清治がなぜ今のような父親になったのかです。弟に家を譲った過去と、現在の清治の暮らし方がどうつながるのか。「ブラッサム」でそこまで描かれるのか見ていきたいですね。

 

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