フミヤ

7. 江戸時代

篤姫(於一)が将軍御台所になった本当の理由・紆余曲折の輿入れ問題

天璋院篤姫は13代将軍・徳川家定の御台所(正室)になりました。外様大名の島津家の分家の姫が将軍御台所になるなんて不思議に思われるかもしれません。一般には、一橋慶喜を次の将軍にするため大奥の工作のために島津斉彬が送り込んだとされることが多いで...
7. 江戸時代

本寿院 徳川家定の生母はどんな人?大奥で波乱の生涯を送った女性

本寿院 徳川家定の生母はどんな人?大奥で絶大な権力を持った生涯と、その後の穏やかな余生を解説。幕末の歴史と女性の生き様を知る。
7. 江戸時代

阿部正弘(あべ まさひろ)幕末の日本を開国に導いた老中

江戸幕府老中・阿部正弘(あべ まさひろ)は幕末の物語にはよく出てくる人物です。優柔不断な人物。江戸幕府の衰退を早めた人物と評価されることもあります。しかし、外国船が頻繁にやって来て開国を求める世の中では、昔からのやり方は通用しなくなっている...
7. 江戸時代

橋本左内、安政の大獄で命を落とした早熟の天才の一生

橋本左内(はしもと さない)とは、幕末に活躍した志士です。福井藩の松平春嶽(慶永)に仕え、藩の政治だけでなく、幕府の政治にも関わりました。積極的に西洋の技術や文化を取り入れようという、当時としてはかなり進んだ考えの持ち主です。西郷隆盛とも交...
7. 江戸時代

光格天皇 江戸時代に朝廷の権威を高め幕末に影響を与える

光格天皇は江戸時代の天皇です。一般にはあまり知られていませんが、幕末の歴史に大きな影響を与えた天皇なのです。もしかすると、光格天皇がいなかったら尊王攘夷運動は盛り上がらなかったのではないかと思うくらい重要な天皇です。光格天皇とはどんな人だっ...
7. 江戸時代

孝明天皇の最後と死因とは

幕末に生きた孝明天皇は熱心な攘夷派でした。あくまでも朝廷と幕府が協力するという方針でした。しかし尊王攘夷派の勢いはとまりません。朝廷内では過激な攘夷思想の公家や下級の役人たちが集まり大きな力を持つようになりました。いつしか孝明天皇の意志とは...
7. 江戸時代

孝明天皇と明治維新:高まる権威と暴走する尊王攘夷派

孝明天皇は幕末の天皇。江戸時代の天皇は力も権威もなく幕府の保護(監視下)で生き延びている存在でした。しかし幕府の弱体化と攘夷という意思表示をすることで次第に権威を高めていきます。尊王思想は幕末の水戸から始まりました。しかしその天皇の姿は抽象...
7. 江戸時代

孝明天皇・祈るだけの存在から幕府に物申す天皇へ

孝明天皇は幕末の混乱期にあって大きな影響力を持った天皇です。第121代の天皇になります。江戸時代の天皇は力も権威もない存在でした。幕府の決めた規則(禁中並公家諸法度)に縛られ、収入も幕府に管理されています。官位を授けるだけに生かされていると...
7. 江戸時代

ジョン万次郎(中濱万次郎)とはどのような人?

ジョン・万次郎(本名:中浜万次郎)は幕末にアメリカに渡り西洋の知識を身に着けて戻ってきた人物。万次郎自身は貧しい漁師でしたが、アメリカに渡り熱心に勉強して英語や航海術、造船技術を学びました。日本に戻ってきたあとは、通訳や航海、造船技術を教え...
井伊家

井伊万千代・徳川家康に仕えた若き日の井伊直政の活躍

井伊万千代は井伊直政が元服するまで名乗っていた名前です。14歳で徳川家康の小姓となった万千代は、家康のそばで仕え手柄をたて続けます。わずか6年の間に300石から4万石に大出世。井伊の家臣だは徳川家康を支える有力な家臣団に成長しました。井伊万...
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