ブラッサム 土橋風子のモデルは吉屋信子!生涯と宇野千代との関係

朝ドラ『ブラッサム』で尾野真千子さんが演じる土橋風子のモデルは作家の吉屋信子です。『花物語』などの少女小説で人気を集め、晩年には大奥の女性たちを描いた『徳川の夫人たち』も書きました。

主人公・葉野珠のモデルになった宇野千代とは1歳違いの親しい友人でした。互いの家を訪ねたり、新作の感想を伝えたりと、作家になってから長く付き合っています。

珠が憧れる風子のモデルは、どんな女性だったのでしょうか。吉屋信子の生涯と宇野千代との交流、パートナーの門馬千代との暮らしを紹介します。

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ブラッサムの土橋風子はどんな人物?

少女小説で人気を集めた珠が憧れる作家

土橋風子(どばし・ふうこ)は、少女小説で人気を集めた作家です。珠は、自分の考えを持ち、当時の常識に縛られずに生きる風子にひかれていきます。
小説を書いて生きていこうとする珠にとって、すでに多くの読者を持つ風子は憧れの女性です。珠は風子と関わるうちに、女性が作家として仕事をすることについて考えるようになります。

モデルは吉屋信子、演じるのは尾野真千子

土橋風子のモデルは作家の吉屋信子です。制作統括の村山峻平さんもモデルを公表しています。

演じるのは『カーネーション』でヒロインの小原糸子を演じた尾野真千子さん。『虎に翼』では語りを担当しました。今回の風子については、自分の意思をしっかり持った人だと話しています。珠にどのような言葉をかけ、どんな付き合いをしていくのかも気になりますね。

 

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吉屋信子の生涯と代表作

新潟に生まれ、栃木で育った

吉屋信子は1896年1月12日、新潟で生まれました。父の仕事の都合で引っ越しを重ね、幼いころから栃木県で暮らしています。
栃木高等女学校に通うころには、少女雑誌へ作品を投稿していました。14歳のときには「少女界」の懸賞で作品が一等になり、賞金をもらっています。
卒業後には、日光の小学校で代用教員を務めたこともありました。宇野千代も女学校を卒業した後に代用教員として働いていますから、小説家になる前の仕事にも共通点があります。

『花物語』が女学生に大人気

吉屋信子の代表作といえば、『花物語』です。1916年、「少女画報」に第1話の「鈴蘭」が掲載されました。吉屋信子が20歳のときです。
『花物語』には、少女たちの友情や憧れ、家族との別れなどを描いた物語が収められています。それぞれに花の名前が付いていて、少女たちの喜びや悲しみがつづられています。
作品は女学生たちに人気となり、その後も連載が続きました。『ブラッサム』の風子も少女小説で人気を得た作家なので、この点は吉屋信子とよく似ています。

大人の女性に向けた小説でも活躍

1919年には、『地の果まで』が大阪朝日新聞の懸賞小説に当選しました。その後は、少女向けの小説に加え、大人の女性に向けた作品も書いていきます。
『女の友情』や『良人の貞操』では、女性同士の付き合いや夫婦の問題を描きました。『良人の貞操』などは多くの女性に読まれ、吉屋信子は大衆小説でも人気作家となります。
少女のころに『花物語』を読み、大人になってから夫婦や家庭を描いた作品を読む。そんなふうに、年齢を重ねても吉屋信子の小説を楽しんだ読者もいたことでしょう。

印税で門馬千代と海外へ

1928年、吉屋信子はパートナーの門馬千代とヨーロッパへ向かいました。旅の費用に使ったのは、自分の著作の印税です。
二人はフランスなどに滞在し、ヨーロッパ各地を旅行しました。その後、アメリカを経て1929年に帰国しています。
小説を書いて得たお金で、大切な人と長い海外旅行に出かける。吉屋信子には、そんな暮らしを実現できるだけの収入がありました。

戦時中には従軍取材もしていた

戦時中の吉屋信子は、雑誌の特派員として海外へ赴いています。1938年には、情報局が派遣した従軍文士の一員として中国を訪れ、現地の報告や従軍記を書きました。
少女たちの友情や女性の暮らしを描く一方で、戦争に関わる取材にも携わっていたのです。

晩年は大奥の女性たちを描いた

戦後も執筆を続けた吉屋信子は、『鬼火』などを発表し、歴史小説にも取り組みました。
晩年の代表作が『徳川の夫人たち』です。徳川家光の側室となったお万の方を中心に、大奥の女性たちを描いています。少女小説の印象が強い吉屋信子ですが、歴史ドラマでおなじみの大奥を題材にした小説も書いていたのですね。
吉屋信子は1973年7月11日、77歳で亡くなりました。晩年に暮らした鎌倉の家は、現在の吉屋信子記念館です。建築家の吉田五十八が設計した住まいで、土地や建物などが鎌倉市に寄贈され、今も保存されています。

吉屋信子と宇野千代はどんな関係だった?

1歳違いで近所に暮らしていた二人

吉屋信子は1896年、宇野千代は1897年生まれです。吉屋信子の方が1歳年上でした。
二人が親しくなったのは1924年ごろ。吉屋信子は東京・大森の不入斗(いりやまず)で母と暮らし、宇野千代は近くの馬込で尾崎士郎と暮らしていました。近所に住む同世代の作家同士として、互いの家を行き来するようになったのです。
このころの吉屋信子は、『花物語』や新聞小説ですでに知られていました。一方、宇野千代も小説家として仕事を始めていた時期です。同じ小説を書く女性でも、作品や暮らし方には違いがあった二人。それでも親しくなり、その付き合いは長く続きました。

新作を読むと、すぐに電話で感想を伝えた

二人の付き合いには、こんな話があります。
1938年2月22日、吉屋信子の新聞小説『家庭日記』の連載が始まりました。その初回を読んだ宇野千代は、吉屋信子に電話をかけ、書き出しを褒めています。吉屋信子は、そのことを日記に書き残しました。
1940年に『花』の連載が始まったときにも、宇野千代は名刺に感想を書いて送っています。友人の新作が載るとさっそく読み、本人に感想を伝えていたのですね。作品を読んでもらえることに加え、すぐに言葉をもらえるのは、書いた本人にとってもうれしかったのではないでしょうか。

宇野千代の結婚では媒酌人を務めた

1939年、宇野千代が作家の北原武夫と結婚したときには、吉屋信子が画家の藤田嗣治とともに媒酌人を務めました。結婚する二人の仲立ちをする役目です。
吉屋信子と宇野千代が親しくなってから、約15年がたっていました。近所付き合いから始まった友人が、結婚のときにもそばにいたのです。二人の付き合いの長さが感じられます。

吉屋信子も宇野千代のことを書いていた

宇野千代が吉屋信子の作品を読む一方で、吉屋信子も随筆「宇野千代言行録」に友人のことを書いています。
そこに登場する宇野千代は、おしゃれで、恋愛に一途で、さまざまな苦労を経験してきた女性です。若いころには吉屋信子に、あなたも恋愛をしなくては、と何度も話していたそうです。
宇野千代らしい話ですね。吉屋信子はそんな友人の言葉や行動をよく覚えていて、後に文章にしました。宇野千代にとって吉屋信子が親しい友人だったように、吉屋信子にとっても宇野千代は気になる、大切な友人だったのでしょう。

吉屋信子と暮らした門馬千代とは?

教師だった門馬千代と出会う

吉屋信子が長く一緒に暮らしたのが、門馬千代(もんま・ちよ)です。宇野千代と同じ「千代」という名前なので、ここは少し紛らわしいですね。宇野千代は親しい作家仲間で、門馬千代は生活をともにしたパートナーです。

二人は1923年、山高しげりの紹介で知り合いました。門馬千代は教師として働いていて、吉屋信子と知り合った後も教職を続けています。

1926年には東京・下落合に家ができ、二人で暮らし始めました。その後、千代は学校を辞め、吉屋信子の秘書の仕事や家事を担うようになりました。

長年の共同生活を経て養子縁組

吉屋信子と門馬千代は、恋愛関係にあった二人です。吉屋信子は千代と一緒に暮らすことを望み、下落合の家でその願いをかなえました。
そして1957年2月、二人は養子縁組をします。戸籍上は吉屋信子が養親、門馬千代が養子となりました。一緒に暮らし始めてから、すでに約30年がたっていました。

宇野千代も門馬千代を気にかけていた

宇野千代が吉屋信子に送った手紙や名刺には、門馬千代への挨拶も添えられています。
作品の感想を伝えるときにも、一緒に暮らす千代のことを忘れずに言葉を添えていたのです。宇野千代は吉屋信子と付き合う中で、門馬千代のことも気にかけていました。

土橋風子と吉屋信子の共通点・ドラマとの違い

少女小説の人気作家という共通点

風子と吉屋信子は、少女小説で多くの読者を得た点が共通しています。珠が風子に憧れるように、吉屋信子の作品を読んで憧れた少女たちも大勢いました。
吉屋信子は執筆で収入を得て、自分の家を持ち、門馬千代と海外へ旅行しました。風子の自分の意思で生きる姿には、そんな吉屋信子を思わせるところがあります。

珠が憧れる風子と、宇野千代の親友だった吉屋信子

ドラマでは、珠が風子に憧れる関係から描かれます。実際の宇野千代と吉屋信子は、1歳違いの親しい友人でした。
宇野千代は吉屋信子の新作を読んで感想を伝え、吉屋信子は宇野千代の言動を随筆に書いています。吉屋信子が宇野千代の結婚で媒酌人を務めたことからも、二人が長く付き合っていたことが伝わります。
『ブラッサム』では、実在の人物や出来事をもとに、名前や設定を変えて物語が作られています。風子と珠の会話にはドラマの創作もありますが、モデルの二人にも、互いの仕事や暮らしについて話せる親しい付き合いがあったのです。

まとめ

土橋風子のモデルは、『花物語』などで人気を集めた作家・吉屋信子です。少女小説から家庭小説、歴史小説まで書き続け、私生活では門馬千代と長年暮らしました。
宇野千代とは大森・馬込で親しくなり、新作の感想を伝えたり、結婚の媒酌人を務めたりする付き合いが続いています。珠と風子のやり取りを見るときには、実際の二人もこんなふうに話していたのかな、と想像してみるのも楽しいですね。

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