朝ドラ『ブラッサム』に登場する木村保は、金子大地さんが演じる葉野珠のいとこです。珠の最初の結婚相手となる木村亨一の弟でもあり、兄の妻として出会った珠に次第に特別な思いを抱くようになります。
保の設定を見ていくと、宇野千代の従兄で、のちに2人目の夫となった藤村忠とよく似ています。最初の夫の弟という関係だけでなく、京都の第三高等学校で学び、帝大を目指しているところまで共通しています。
木村保と藤村忠には、ほかにどのような共通点があるのでしょうか。ドラマの保と史実の藤村忠と宇野千代を紹介します。
木村保とは?珠の従兄で木村亨一の弟
珠のいとこ
木村保は、珠の叔母・木村照子の次男です。照子は珠の実母ユリの妹なので、保と珠はいとこ同士になります。
保は照子の次男で珠のいとこ、学業優秀で誠実な青年です。金子大地さんが演じています。
保の兄・木村亨一は珠の最初の夫。そのため保にとって珠は従姉であり、兄の妻にもなります。
兄の結婚相手になった珠と出会う
保は兄の結婚相手となった珠と出会いましす。その時は珠のことを、いとこで兄の結婚相手とみていました。
珠は亨一と結婚しましたが、すぐに離婚してしまいます。
京都の第三高等学校に通い帝大を目指す
保は京都の第三高等学校に通っている学生です。さらに上の帝大進学を目指すほど学業にも秀でています。
普段は落ち着いていて誠実ですが、女性との付き合いには少し不器用なところがあります。珠のように思ったことを行動に移す人物とは、かなり性格が違います。その違いも、保が珠を気にかける理由のひとつになっているようです。
傷心の珠と再開・文通が始まる
珠は教師との恋愛がうまくいかず、学校もクビになっていました。
そんなとき帰省した保は傷心の珠と出会いました。話をしているうちに二人は親しくなります。
やがて保つは京都に戻ることになり、二人は文通する約束をかわして分かれました。離れた場所にいる二人ですが、保から届く手紙は珠にとって大きな支えになっていきます。
珠は周囲に言われた通りに生きるより、自分で考えて行動する女性です。そんな珠の大胆な行動を目の前で見た保は最初は憧れに近い感情を抱くようになります。
兄の妻として知り合った珠と、京都で勉強している保。その関係が手紙を通して少しずつ変わっていくのでした。
木村保のモデルは宇野千代の2人目の夫・藤村忠?
木村保のモデルとなったのは宇野千代の2人目の夫となった藤村忠です。
公式発表では木村保のモデルは公開されていませんが、ドラマの設定と史実を比べると、多くの部分で木村保は藤村忠共通しています。
- 珠と保はいとこ同士
史実でも宇野千代と藤村忠はいとこ同士でした。 - 保は珠の最初の夫・木村亨一の弟
藤村忠も、宇野千代の最初の夫・藤村亮一の弟でした。 - 保は京都の第三高等学校に通っている
藤村忠も京都の第三高等学校で学んでいました。 - 保は帝大進学を目指している
藤村忠は第三高等学校を経て東京帝国大学へ進学しました。 - 傷心の珠と保が手紙を交わす
宇野千代と藤村忠の間にも手紙のやり取りがあり、千代が失恋した後に二人の関係が深まっていきました。 - 保は珠を支える存在になる
史実の千代も藤村忠を頼って京都へ行き、その後二人で暮らすようになります。 - 藤村忠は宇野千代の2人目の夫になる
千代と忠は1919年に結婚しました。
いとこ同士というだけでなく、最初の夫の弟、京都の第三高等学校、帝大、手紙のやり取りまで共通しています。
次にモデルになった藤村忠がどういう人物なのか紹介します。
藤村忠とは?
宇野千代のいとこ
藤村忠(ふじむら・ただし)は宇野千代の母方の従兄です。
千代の生母トモには姉がいました。その姉が藤村家に嫁ぎ、亮一と忠という息子をもうけました。
つまり藤村亮一と藤村忠の兄弟は、どちらも宇野千代の従兄でした。
兄・藤村亮一は宇野千代の最初の結婚相手
宇野千代は14歳のころ父の意向で従兄の藤村亮一のもとへ嫁ぎました。
しかし、この生活は長く続かず、千代はほどなく実家へ帰ります。
その亮一の弟が藤村忠です。
失恋した千代と三高生だった藤村忠
藤村忠と千代が親しくなるのは、それから数年後のことでした。
千代は女学校を卒業して小学校の代用教員になりますが、同僚の男性教師と恋愛関係になったことから学校を辞め、朝鮮の京城へ向かいます。しかし恋は実らず、19歳で岩国へ帰ってきました。
このころ、藤村忠は京都の第三高等学校に在学していました。
帰省していた忠と再び顔を合わせた千代は、その後、忠との手紙のやり取りを始めます。やがて千代は忠を頼って京都へ行き、そのまま二人で暮らすようになりました。
藤村忠が東京帝国大学へ進学
1917年、藤村忠は東京帝国大学へ進学しました。千代も忠と一緒に東京へ移り、本郷で暮らし始めます。
ところが、生活には余裕がありませんでした。忠への仕送りがなくなり、千代も雑誌社の事務や家庭教師など、さまざまな仕事をして生活費を得ています。
その仕事のひとつが、本郷三丁目にあった西洋料理店「燕楽軒」の給仕でした。
燕楽軒には中央公論社の編集長・瀧田樗陰や、芥川龍之介、久米正雄、菊池寛、佐藤春夫、今東光らが訪れていました。千代はここで文学に関わる人々と知り合います。後に小説家になる宇野千代にとって、この東京生活は大きな意味を持つことになります。
1919年に藤村忠と結婚
千代と忠は1919年に正式に結婚しました。宇野千代が22歳のときです。
宇野千代にとって藤村忠は2人目の夫となりました。
翌1920年、忠が東京帝国大学を卒業して北海道拓殖銀行に就職すると、二人は札幌へ移ります。
東京では生活費を得るためにいくつもの仕事をしていた千代ですが、札幌では銀行員の妻として暮らすことになりました。
札幌で宇野千代が小説家として世に出る
藤村忠との札幌生活の中で、千代の人生に大きな出来事が起こります。
1921年、千代が書いた短編『脂粉の顔』が「時事新報」の懸賞小説で一等に選ばれました。賞金は200円でした。これをきっかけに千代は本格的に小説を書くようになります。
このとき彼女が使っていた名前は「藤村千代」でした。藤村忠と結婚していた時代に、小説家としての第一歩を踏み出したのです。
藤村忠と宇野千代はなぜ別れた?
『脂粉の顔』に続いて、千代は『墓を発く』を書きました。
原稿を送った中央公論社からなかなか返事が来なかったため、千代は札幌から東京へ向かいます。作品が『中央公論』に掲載されることを知って原稿料を受け取った千代は岩国へ帰郷しました。
その後、札幌へ帰る途中で東京に立ち寄った千代は、作家の尾崎士郎と出会います。
二人は急速に親しくなり、千代は札幌へ帰らず東京に残りました。夫の忠は北海道にいましたが、千代は尾崎と暮らすことにします。
1924年、藤村忠との協議離婚が成立しました。その後、千代は尾崎士郎と結婚しています。
藤村忠との結婚生活は終わりましたが、京都、東京、札幌で忠と過ごした時期は、宇野千代が故郷を離れて新しい生活を始め、小説家として歩み始めた時代でした。
まとめ
『ブラッサム』の木村保は、珠の従兄で、最初の結婚相手・木村亨一の弟です。京都の第三高等学校に通いながら帝大を目指し、傷心の珠とは手紙を交わして支えになります。
史実の藤村忠も宇野千代の従兄で、最初の結婚相手・藤村亮一の弟でした。京都の第三高等学校から東京帝国大学へ進み、1919年に宇野千代と結婚しています。
親族関係や兄との関係、三高、帝大、傷心の主人公との交流まで共通しています。
藤村忠と暮らしていた札幌で宇野千代は『脂粉の顔』によって小説家としてデビューしました。
『ブラッサム』では珠が作家への道を歩き始めるときに木村保がどのように関わるのかにも注目したいですね。
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