ブラッサム 第1週 あらすじ ネタバレ 史実:私の父、私の母

朝ドラ『ブラッサム』第1週「私の父、私の母」では、幼い葉野珠が、しつけに厳しい父・清治と優しい継母・リョウのもとで暮らす様子が描かれました。

学校で父についての作文を書くことになった珠は、普段の父とは違う一面を文章にします。ところが、清治が大切にしていたカナリアが逃げたことで、家族は思わぬ事態に。

珠のモデル・宇野千代にも、厳しい父に育てられ、カナリアを探した経験がありました。父や継母との実際の関係、ドラマとの違いを紹介します。

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ブラッサム第1週「私の父、私の母」のあらすじ

初回放送日:2026年9月28日(月)1話〜10月2日(金)5回。

厳しい父と優しい継母

物語は1982年(昭和57年)から始まります。作家となった葉野珠(加賀まりこ)は、東京・青山の自宅で新聞連載「生きて行く私」を執筆していました。そばには秘書の藤川優子(松たか子)がいます。

そして時代は1908年(明治41年)の山口県岩国へ。
葉野家の長女・珠(村上蘭)は、父・清治(渡部篤郎)、継母・リョウ(国仲涼子)、3人の弟妹と暮らしています。

清治は岩国の蔵元の長男ですが、弟の清重(三浦誠己)に家督を譲り、本家から毎月お金を受け取って暮らしていました。仕事をせずに好きなことをしている清治ですが、家族には厳しく、珠は家事の失敗を叱られて蔵に閉じ込められてしまいます。
でも蔵には珠の好きな本があり、珠にとって読書ができる場所でもありました。そんな珠を心配して、リョウが様子を見に来ます。

珠は幼いころに実母を亡くしています。リョウは実の母親ではありませんが、珠を「珠様」と呼んで大切に育てていました。珠もリョウが大好きです。ただ、自分だけ「様」を付けて呼ばれることには、少し不安を感じていました。

父についての作文と清治の意外な反応

ある日、尋常小学校で「父について」という作文の宿題が出されました。
珠は文章を書くのが得意でしたが、父のこととなると、なかなか筆が進みません。
清治は家族に厳しく、近所からも「放蕩無頼」と言われています。その一方で、珠は清治が大切にしているカナリアを優しく眺めている姿も知っていました。

珠はそんな父の様子を作文に書きます。
ところが、先生の提案で、その作文を父親たちの前で発表することになりました。珠から話を聞いた清治は、最初は興味を示しません。

発表当日、清治の姿は教室にありませんでしたが、珠の順番になると現れました。
珠は、父の暮らしぶりや周囲からの評判を書いた作文を読みます。厳しい父ですが、カナリアを眺める姿には、普段とは違う優しさもありました。

清治は作文を聞いて怒るどころか、すっかり上機嫌になります。その後は町の人たちにも珠の作文を見せて、娘を自慢していました。

カナリアの逃亡と母の家出

ところが、葉野家に騒動が起きます。
リョウが清治の大切にしていたカナリアを逃がしてしまったのです。怒った清治はリョウを厳しく責め、リョウは3人の子どもを連れて実家へ帰ってしまいます。
学校から戻った珠は、家に母や弟妹がいないことを知り、カナリアを探しに出かけました。しかし、どれだけ探しても見つかりません。

リョウの実家では、両親が娘に葉野家へ帰らないよう勧めていました。それでもリョウは、家に残してきた珠のことが気になっています。
やがて珠がリョウの実家までやって来ます。閉じられた戸の前から「お母」と呼びかけ、帰ってきてほしいと訴える珠。リョウは戸を開け、珠を抱きしめました。
リョウと珠は一緒に葉野家へ戻りますが、清治の怒りは収まりません。
すると珠は、カナリアよりも母のほうが大切だと父に訴え、みんなでこの家に暮らしたいと願います。

清治も最後には家族が一緒に暮らすことを認めました。
リョウは珠を「珠」と呼ぼうかと話しますが、珠はこれまでどおり「珠様」と呼んでほしいと答えます。

そして物語は5年後へ。成長して高等女学校4年生になった珠(石橋静河)が登場します。

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第1週の登場人物とモデル

葉野珠(はの たま)

演:村上蘭(幼少期)、加賀まりこ(1982年)、石橋静河(第5回終盤)。モデル:宇野千代(公式)。

葉野家の長女。学校では作文が得意ですが、父のことを書く宿題には悩まされます。カナリアが逃げた事件では、実家に帰った継母リョウを迎えに行き、父にも母を許してほしいと訴えました。1982年の場面では、自伝的な作品を執筆しています。

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葉野清治(はの きよじ)

演:渡部篤郎。モデル:宇野俊次。

珠の父。葉野酒造の長男ですが、弟に家督を譲り、本家からの仕送りで暮らしています。家族には厳しく、珠を蔵に閉じ込めたり、リョウを激しく叱ったりします。一方で、珠が学校で発表した作文は気に入り、町の人たちに見せて自慢していました。

関連記事:葉野清治のモデル・宇野俊次について

葉野リョウ(はの りょう)

演:国仲涼子。モデル:宇野リュウ。
清治の後妻で、珠の継母。血のつながらない珠を大切に育てています。清治のカナリアを逃がしてしまい、3人の子どもを連れて実家へ帰りますが、迎えに来た珠の訴えを聞いて葉野家に戻りました。

関連記事:葉野リョウのモデル・宇野リュウについて

葉野清重(はの きよしげ)

演:三浦誠己。

清治の弟で珠の叔父。兄に代わって本家の葉野酒造を継いでいます。清治が働かずに仕送りを受け取っていることが問題になり、第3回では兄に呼び出されます。史実の宇野家とは、家業を継いだ兄弟の関係が違います。

岩田幸三(いわた こうぞう)

演:八嶋智人。
珠の幼なじみ・梅の父。商店「岩田屋」の主人。第4回では珠の作文発表の場面にも登場します。清治が娘の作文を気に入って自慢する様子を通して、珠の家族と町の人々との付き合いも描かれました。

藤川優子(ふじかわ ゆうこ)

演:松たか子。
晩年の珠を支える秘書。第1回では東京・青山の珠の書斎に登場し、第3回では珠とともに岩国の錦帯橋を訪れます。1982年に珠が故郷を振り返る場面に登場。

第1週の出来事と史実との違い

宇野千代の父・俊次と家庭での暮らし

ドラマの清治は、仕事をせずに本家からの仕送りで暮らしながら、妻や子どもには厳しい父親です。

宇野千代の実父・宇野俊次(うの しゅんじ)も、よく似た暮らしをしていました。
俊次は岩国近郊の高森にあった宇野酒造の次男で、酒造業を継いだのは兄の政介でした。俊次は本家から財産を受け取り、その後も毎月1日と15日にお金を送ってもらっていました。
しかし、俊次は酒や女性との遊び、賭博などでお金を使い、家計は苦しかったようです。競走馬も飼っており、さらに馬を買おうとして兄に反対されると、馬に乗って本家へ押しかけて騒ぎを起こしたこともありました。

娘へのしつけも厳しいものでした。
千代は学校から帰っても自由に友達と遊ぶことを許されず、父に呼ばれればすぐにそばへ行かなければなりませんでした。
カナリアの餌になるハコベを採りに行かされたり、夜に酒を買いに出されたりしたこともあります。
雨の日でも、草履が傷むからという理由で裸足で歩かされたと、千代は後年振り返っています。
珠や家族が父の機嫌を気にして暮らしているのは、史実の千代と似ています。
一方、兄弟関係には違いがあります。清治は葉野酒造の長男ですが、俊次は宇野酒造の次男でした。ドラマでは清治が弟の清重に家督を譲っていますが、史実では俊次の兄が家業を継いでいました。

宇野千代の継母・リュウとカナリアの事件

第1週で特に気になるのが、リョウがカナリアを逃がし、実家へ帰ってしまう出来事です。
宇野千代の継母は佐伯リュウという女性でした。
千代の実母・トモは1899年(明治32年)、千代がまだ幼いころに亡くなり、翌1900年(明治33年)5月に俊次がリュウと再婚しています。
リュウは千代を大切に育て、千代も継母を実の母親のように慕っていました。その後リュウは5人の子どもを産みますが、千代への愛情は変わらなかったと伝えられています。
宇野家でもカナリアが飼われており、鳥が逃げた際には千代が探すよう父に命じられたことがありました。
そして、リュウが夫との暮らしでつらい思いをし、実家へ帰ろうとしたこともありました。
千代は後年の自伝『生きて行く私』で、母が家を出たときのことを書いています。
まだ幼かった千代は母を追って泣き、家にいた女中が千代を背負って、川下にあったリュウの実家まで連れて行ったそうです。
リュウは千代が成長してからも、あのとき千代が追って来なければ、宇野家に戻らなかったかもしれないと話していました。
ここは、リョウが実家へ帰り、珠が迎えに行くドラマの場面とよく似ています。
ただし、今回確認できた自伝の公開抜粋では、リュウが実家へ帰った直接の原因をカナリアの逃亡とまでは確認できません。ドラマは、宇野家で飼われていたカナリアの話と、千代が継母を追いかけた経験を結び付けて描いています。
なお、『生きて行く私』の家出に関する部分は、千代本人が後年聞いた話も含めて書いた回想です。

宇野千代の小学校時代と作文

ドラマでは、珠が「父について」という作文を書き、清治がそれを町の人たちに見せて自慢していました。
宇野千代も子どものころから学校の成績がよく、文章を書くことに親しんでいました。
1904年(明治37年)4月、千代は岩国尋常小学校に入学します。
学校までは約1キロあり、臥龍橋を渡って通っていました。父の俊次からは、草履を傷めないようにと厳しく言われていたそうです。
小学校時代の千代は成績優秀で、成績表には最高評価の「甲」が並んでいました。学校から褒美を受けることもあり、俊次はそんな娘を連れて料理屋や知人の家を訪ね、自慢していたと伝えられています。
ドラマの清治が珠の作文を気に入って人々に見せる行動は、こうした俊次の経験と似ています。
その後、千代は岩国高等女学校へ進学しました。
女学校時代には作文が校友会誌に掲載され、1913年(大正2年)には「女子文壇」へ変名で作品を投稿するなど、文章を書くことに熱心でした。
ただし、尋常小学校時代に「父について」という題名の作文を書き、それを父親参観で発表したという記録は、今回確認した資料にはありません。

珠の作文には、千代が幼いころから文章を得意としていたことや、父親が娘の成績を自慢した経験と似たところがあります。

宇野千代の兄弟姉妹とドラマの葉野家

第1週では、珠が3人の弟妹と暮らしています。清治のカナリアが逃げたときには、リョウが3人を連れて実家へ帰り、珠だけが家に残されました。
史実の宇野千代には、5人の弟妹がいました。

父・俊次と継母リュウの間に生まれた薫、鴻、勝子、光雄、文雄です。弟4人と妹1人で、千代を含めると6人きょうだいでした。

ドラマは珠を含めて4人きょうだいになっていて人数が違います。
守、俊子、英男という3人の弟妹は史実のきょうだいの枠割を分担して担当しているのでしょうね。

宇野千代の兄弟姉妹 5人『ブラッサム』との違いとは?

宇野千代が生まれ育った時代とは

宇野千代が生まれたのは1897年(明治30年)11月28日です。第1週の舞台となる1908年(明治41年)は、千代が10歳から11歳になる年でした。
当時の岩国は、現在の岩国市ができる前の時代です。千代の生家は、現在の岩国市川西にあたる地域にありました。
このころは小学校に通う子どもが増え、女子にも学校教育を受ける機会が広がっていました。一方で、家庭では戸主を中心とする制度があり、子どもの結婚や進学に家の意向が関わることもありました。

明治41年の尋常小学校と義務教育

珠が通っている「尋常小学校」は、当時の子どもたちが基本的な教育を受ける学校です。
1900年(明治33年)の小学校令では、義務教育は4年間とされていました。その後、1907年(明治40年)に6年間へ延長されています。
つまり、ドラマの舞台となる1908年は、義務教育が6年間になったばかりの時代でした。
学校では国語や算術、修身、唱歌、体操などが教えられ、女子も尋常小学校に通っていました。
1905年(明治38年)には、学齢児童の就学率は約96%に達しています。小学校教育は、このころには多くの家庭の子どもに広がっていました。
宇野千代も1904年に岩国尋常小学校へ入学しており、1908年には5年生にあたります。
千代は成績優秀でしたが、学校から帰っても自由に遊べるとは限りませんでした。父に命じられた用事をしなければならず、家で読書をするときにも父を気にすることがありました。

明治の家督と戸主の決まり

第1週では、清治が弟の清重に家督を譲ったという話が出てきます。
当時の日本では、1898年(明治31年)に施行された民法により、家制度が法律で定められていました。
家には「戸主」と呼ばれる代表者がおり、家督相続によって戸主の地位や財産を引き継ぐ決まりがありました。
家業を営む家では、誰が戸主となるか、誰が商売を引き継ぐかが家族の暮らしにも関係しました。
葉野家の場合、家督と酒造業を継いだのは弟の清重です。しかし、清治は家督を譲ったあとも本家から仕送りを受けています。
この仕送りは家督を譲れば法律上当然にもらえるものではなく、葉野家の兄弟間で決められた取り決めとして描かれています。
宇野家では俊次の兄が酒造業を継ぎ、俊次は財産を受け取って家を出ました。その後も本家から援助を受けていたので、弟ではなく兄が家業を継いだという違いがあります。
参考:法務省「明治民法と家督相続」

明治時代の女子教育と高等女学校

珠は第1週の終盤で成長し、高等女学校4年生として登場します。
明治時代には、尋常小学校を卒業した女子がさらに勉強するための高等女学校が設けられていました。
1899年(明治32年)の高等女学校令では、修業年限を原則4年間とし、国語や歴史、地理、数学、理科のほか、家事や裁縫なども教えることになっていました。
当時は女子が尋常小学校を出たあと、全員が高等女学校へ進学したわけではありません。進学には家庭の経済状態や本人の学力、地元に学校があるかどうかも関係しました。
宇野千代は1910年(明治43年)に岩国高等女学校へ入学し、1914年(大正3年)3月に卒業しています。
女学校では勉強を続ける一方、文学にも関心を持ち、雑誌へ作品を投稿するようになりました。
第1週の最後に登場した女学生姿の珠は、これから文学に親しんでいく時期の千代にあたります。
参考:文部科学省「高等女学校令」、高等女学校の学科

第1週で気になる疑問

葉野リョウが珠を「珠様」と呼ぶのはなぜ?

リョウは、自分が産んだ子ではない珠を特に大切に育て、「珠様」と呼んでいます。
第5回では、リョウが呼び方を変えようかと話しましたが、珠はこれまでどおりがよいと答えました。
国仲涼子さんも、この呼び方には最初違和感があったものの、リョウが珠を特別に大切に思う気持ちとして演じたと話しています。
史実の千代も継母リュウを実の母のように慕っていましたが、リュウが千代だけを「千代様」と呼んでいたかどうかは、今回確認できた資料では分かりません。

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