朝ドラ『ブラッサム』で高良健吾さんが演じる秋山格之介(あきやま・かくのすけ)のモデルは小説家の芥川龍之介。
ドラマでは『羅城門』『蜘蛛の巣』などの代表作を持つ人気作家として登場します。
主人公・葉野珠のモデルになった宇野千代も作家になる前に芥川と知り合い、自宅を訪ねるほど憧れていました。
さらに千代が今東光と散歩していたときに葱を買った出来事が芥川の短編小説『葱』の題材になったという話も残っています。
芥川と千代はどのような関係だったのでしょうか。二人の出会いや『葱』にまつわる実話、ドラマとの違いも交えながら紹介します。
秋山格之介のモデルは芥川龍之介
高良健吾が演じる珠に影響を与える作家
秋山格之介のモデルは明治・大正時代に活躍した作家・芥川龍之介(あくたがわ・りゅうのすけ)です。秋山は鋭い洞察力と独自の感性を持ち、若くして文壇で評判を得た人気作家です。
秋山は珠が東京で出会う文学者の一人で、文学好きの珠にとって、すでに有名になっている作家と直接話せるのは特別な経験になるのでしょうね。
『ブラッサム』では高良健吾さんが演じています。高良さんも出演発表の際、芥川龍之介をモチーフにした役を演じると明かしていました。
高良さんは以前にも芥川龍之介を演じた経験があって今回が実質2度目の芥川役になります。芥川の生き方を秋山に反映させ主人公の珠に伝えたいとコメントしています。
秋山の代表作は『羅城門』と『蜘蛛の巣』
劇中での秋山の代表作は『羅城門』と『蜘蛛の巣』です。
芥川龍之介の作品を知っている方なら、すぐに気づくと思います。芥川の『羅生門』と『蜘蛛の糸』をもじった題名ですよね。
『羅生門』は荒廃した都を舞台に生きるために盗みを働くか迷う下人を描いた小説です。『蜘蛛の糸』は地獄に落ちたカンダタが、極楽から垂らされた蜘蛛の糸を登ろうとする物語。
芥川龍之介とは?千代が憧れた大正時代の人気作家
『鼻』が夏目漱石に評価され若くして注目された
芥川龍之介は1892年(明治25年)3月1日、東京に生まれました。
東京帝国大学の英文科に進学し、在学中から小説を書いていました。1915年(大正4年)には『羅生門』を発表して翌1916年には『鼻』が夏目漱石から高く評価されました。
『鼻』は長すぎる鼻を気にしている僧侶が主人公です。鼻を短くすることに成功したものの、今度は周囲の反応に悩まされるという、人間の自尊心を扱った短編小説でした。
漱石に認められた芥川は、その後も次々に作品を発表します。東京帝国大学を卒業すると海軍機関学校で英語を教えながら執筆を続けました。
宇野千代が東京に出てきた1917年(大正6年)ごろは芥川はまだ20代半ばでした。それでも、すでに作品が雑誌に掲載され文学好きの若者たちから注目される作家になっていたのです。
千代もそんな芥川に憧れていた一人でした。
芥川の代表作は『羅生門』『蜘蛛の糸』など
芥川は『羅生門』『鼻』『芋粥』『蜘蛛の糸』『地獄変』『杜子春』など、数多くの短編小説を残しています。
古い説話や歴史上の出来事を題材にすることも多く、『羅生門』や『鼻』には『今昔物語集』などに由来する話が使われています。
1919年(大正8年)には海軍機関学校を辞め、大阪毎日新聞社の社員となって執筆に専念するようになりました。
しかし、1927年(昭和2年)7月24日、35歳で自ら命を絶っています。
短い生涯でしたが、その作品は現在も読み継がれています。
1935年(昭和10年)には菊池寛が芥川を記念して芥川賞を創設しました。
芥川龍之介と宇野千代は燕楽軒で知り合った
千代が給仕として働いた本郷の西洋料理店
宇野千代が芥川龍之介と知り合ったのは東京・本郷にあった西洋料理店「燕楽軒(えんらくけん)」です。
千代は1917年(大正6年)に藤村忠とともに東京へ出てきました。忠が東京帝国大学に通い、千代も生活費を稼ぐために働いていました。
仕事の一つが燕楽軒の給仕でした。現在のレストランのウェイトレスに近い仕事でお客に料理を運び、食事の世話をしていたのです。
燕楽軒には大学関係者以外にも作家や出版社の編集者も食事に訪れていました。
千代は給仕として働きながら、芥川龍之介や今東光など、文学に関わる人たちと知り合うことになります。
芥川と初めて会った日の詳しい出来事は千代自身も後年には覚えていませんでした。ただ、燕楽軒で知り合ったのだろうと振り返っています。
千代が燕楽軒で働いた期間は短く、18日間だったという話もあります。それでも、店での出会いをきっかけに、仕事を辞めた後も文士たちと付き合うようになりました。
ドラマで珠が働く西洋レストラン「悠樂軒」も、この燕楽軒を参考にした設定と考えられます。
ブラッサム 悠樂軒のモデル・燕楽軒とは?宇野千代と文士たちの出会い
滝田樗陰や今東光も訪れる店だった
燕楽軒の近くには文芸雑誌『中央公論』を発行する中央公論社がありました。
当時の主幹だった滝田樗陰(たきた・ちょいん)も店の常連でした。千代は滝田が食事をするテーブルを担当して帰り際には50銭のチップをもらっていたといいます。
滝田は後に千代の小説『墓を発く』を『中央公論』に掲載する編集者です。千代は給仕をしていたころから、滝田と面識があったのです。
もう一人、千代と親しくなったのが今東光(こん・とうこう)でした。
今東光は後に小説家となり、直木賞を受賞する人物ですが、このころはまだ文学青年でした。
千代も今東光とは燕楽軒で知り合ったと語っています。
二人は店の外でも会い、本郷の町を一緒に歩くことがありました。その散歩中に起きた出来事が、芥川の短編小説『葱』につながったのです。
宇野千代は芥川龍之介の家も訪ねていた
文学に憧れ、作家たちが集まる芥川宅へ
千代と芥川の付き合いは燕楽軒で顔を合わせるだけでは終わりませんでした。千代は芥川の自宅にも足を運んでいます。
当時、芥川は東京の田端に住んでいました。その家には多くの文学者や若者が訪れ、文学について話し合っていたようです。
千代も文学に憧れる若者の一人として訪ねていました。
『宇野千代 ちょっと自伝』には、千代が晩年に芥川の家を訪れたころのことを語った回想が収録されています。
千代によれば、訪問した際には文学者たちの集まりの末席に座り、黙って話を聞いていたのだろうということでした。
文学について議論するようなことは、とてもできなかったとも語っています。
千代自身、若いころは芥川の小説が雑誌に掲載されるたびに読んでいたと思うものの、どの作品を読んだのかまでは覚えていませんでした。
それでも憧れの作家の家を訪ね、その場にいられたことが嬉しかったのだろうと振り返っています。
千代が何回訪問したのか、芥川とどのような会話をしたのかについては、詳しいことが分かっていません。
芥川の容姿にも惹かれていた千代
千代が芥川に憧れた理由は人気作家だった以外にも容姿も関係していたようです。
晩年の千代は若いころの自分が芥川の文学をどの程度尊敬していたのかについて、少し意外な話をしています。
大人になってから考えると、文学者として芥川をそれほど尊敬していたわけではなかったというのです。
千代は芥川が売れっ子だったから憧れたのかもしれないと話し、さらに、痩せて色白だった芥川の端正な顔立ちにも惹かれていたと振り返っています。
若い千代にとって芥川は本人に会いたいと思うほど魅力のある人気作家だったのでしょう。文学少女だったころの憧れを晩年になって少し照れくさそうに振り返っているようにも感じられます。
恋愛関係や作家になってからの交流は?
千代と芥川は恋人同士だったのでしょうか。
この点について、千代ははっきり否定しています。
千代にとって芥川は当時すでに有名な作家でした。自分とは大きな隔たりがある人だと思っていたようで、恋人として付き合うような関係ではなかったと語っています。
千代は1921年(大正10年)に小説『脂粉の顔』が懸賞小説で一等となり、作家として活動を始めました。しかし、作家になってからも芥川との付き合いはなかったそうです。文学関係の会合で顔を合わせることもなかったと話しています。
芥川から千代に恋文が送られたという話についても、本人は覚えていないと答えています。
ただ、千代は自分の未熟な小説を芥川に見てもらおうと持参したことは、あったかもしれないと語っていました。
もし手紙のやり取りがあったとすれば、その原稿に対する返事だった可能性も考えられますが千代自身の記憶は確かではありません。
千代が芥川を訪ねていたことは本人の回想に残っていますが、芥川が千代の小説を指導したという具体的な経緯までは分かっていないのです。
芥川龍之介の『葱』と宇野千代の体験
今東光との散歩中に安い葱を買った
芥川龍之介は1920年(大正9年)に、短編小説『葱(ねぎ)』を発表しています。
実はこの作品には宇野千代の若いころの体験が関係しているといわれます。
千代が今東光と一緒に本郷の町を散歩していたときのことです。
二人で歩いていると、千代は八百屋の店先で葱が売られているのを見つけました。値段を見ると、二銭と書いてあります。その安さに驚いた千代は思わず葱を買ってしまいました。
ところが、その行動を見た今東光は、すっかり興ざめしてしまったそうです。
今東光としては、千代と二人で楽しく散歩していたのでしょう。ところが千代は安い葱を見つけると、ためらわずに買ってしまったのです。
文学青年との散歩を楽しむ一方で、安く売られている食材も見逃さないところは、いかにも千代らしいです。
その後、今東光はこの出来事を芥川龍之介に話したらしいのです。千代は後に芥川がその話をもとに短編『葱』を書いたと語っています。
小説『葱』はどんな話?
芥川龍之介の『葱』は、1920年(大正9年)1月の雑誌『新小説』に掲載された短編です。
主人公は、神田神保町あたりのカフェで女給として働く、お君という若い女性です。
お君は15、16歳ほどの少女で、文学や芸術に憧れています。仕事を終えると髪結いの家の二階にある部屋へ帰り、本を読んだり、美しい絵を眺めたりして暮らしていました。
そんなお君が憧れているのが、田中君という青年です。
田中君は詩を書き、バイオリンを弾き、絵も描くという、自称芸術家のような人物でした。お君は、その多才な青年に夢中になっています。
ある日、お君は田中君と一緒に出かけることになりました。
田中君はお君を食事に誘い、二人で町を歩き始めます。お君は憧れの青年と一緒に歩き、幸せな気持ちになっていました。
ところが、途中で八百屋の前を通りかかったとき、お君は葱の値段に気づきます。
一束四銭という安さでした。
それまで恋愛や芸術のことを考えていたお君でしたが、安い葱を見た途端、家賃や米代など、日々の生活に必要なお金のことを思い出します。
そして田中君を待たせたまま八百屋へ入り、葱を二束買いました。
お君が戻ってきたとき、田中君は葱を提げた彼女を、まるで別人を見るような目で眺めます。
憧れの青年と一緒に出かけた少女が、安い葱を見つけて思わず買ってしまうという、少しおかしみのある場面です。
田中君が思い描いていたお君と、実際に目の前で買い物をするお君との違いも描かれています。
まとめ
『ブラッサム』で高良健吾さんが演じる秋山格之介のモデルは、作家の芥川龍之介です。
宇野千代は作家になる前、東京・本郷の燕楽軒で芥川と知り合い、憧れの作家の自宅にも足を運んでいました。でも二人は恋人同士ではなく、千代が作家になってからの交流もなかったようです。
それに、千代が今東光との散歩中に安い葱を買った出来事は、芥川の短編『葱』の題材になったといいます。
文学に憧れていた若い千代がまさか憧れの芥川の小説のネタになるとは思わなかったでしょうね。ドラマではこのあたりも再現してくれると面白いのですが。どうなることででしょうか。
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